Zone Theme Exhibition 2016
Zoneテーマ展2016「パクリ」展

4月9日(土)〜21日(木)、12:00〜18:00(水・金休廊)
アーティストトーク&パーティー(カンパ制):4月16日(土)午後4時〜6時

参加アーティスト:浅山美由紀、岡本光博、木原真男、小泉光子、笹埜能史、ジョン・ディレマス、長野久人、仲摩洋一、堀尾貞治、益田雅代、山本修司(50音順)


「創造的パクリ」の美術史
パクリの勧め−創造はパクリによって生まれる。

事の発端は、ピカソやブラックが1912年に、総合的キュービズム(1912年〜1914年)でイリュージョニスティック(illusionistic)な空間を破壊するような創作技法、コラージュを発明した時からだ。つづいて、シュールレアリストの作家達は、意想外の組み合わせを求めて、この技法を頻繁に使用し、「イメージの剽窃」を常套化した。さらに、マルセル・デュシャンが「絵画は視覚的網膜的なものに限られてはならない。我々の認識の欲望をかきたてるものであるべきである。」と網膜つまり視覚のみに依存する芸術に疑問を持ち、1917年にニューヨークのSociety of Independent Artists展に出品した作品で大量生産の製品(小便器)をレディメードとして、サインを施し、美術館(制度的な装置)に設置した。当時、誰もデュシャンを盗作で糾弾しなかった。それどころか、日常用品である小便器が美術品として美術館に展示されたことに驚き、戸惑っただけである。そこでは、明らかにプロダクトデザイナーの意匠権は全く無視されている。こうしてデュシャンは、盗用(パクリ)を正当化した。
50年代末になると、社会の「盗用(パクリ)への受容」はますます加速する。資本主義社会を中心とする大量生産、大量消費によって社会が発展すると信じられた時代である。イギリスで徒花のように芽生えた「ポップアート」は、大量生産、大量消費の権化のようなアメリカで花開いた。ロイ・リキテンスタインやアンディ・ウォーホールに代表されるポップアーティストはコミックやキャンベル・スープ缶などの世俗的なイメージを盗用(パクリ)した。大衆が喜んでこの盗用(パクリ)を受け入れた時点で、盗用(パクリ)は芸術の一つの表現手段として認められたのだ。
ポップアートの出現により美術の進化論的な進歩を信奉したモダニズムに疑問が生じた。80年代に入り、「オリジナリティ」を絶対視するモダニズム芸術観を嘲笑するかのように「アプロプリエーション」として堂々と、盗用(パクリ)、流用(パクリ)が始まった。ジャン・ボードリヤールは、オリジナルとコピーの差異が消失した「シミュラークル」(模造品)の時代といった。もはや、盗用(パクリ)は、芸術になった。創造はパクリによって生まれるのだ。

中谷 徹


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